2023年3月29日(39週1日)
~出産まで~
母がここではないですが、妹を出産した時、病院じゃなく『助産院』という場で、当時私は中学2年生でしたが私もいつか子どもを産む時はこういう場所で産みたいと思っていました。
妊娠して、検査で卵巣のう腫が5~6センチ程のものがあると言われ、その時点で病院じゃないと無理かもと思ったのですが、妊娠性のもので元の位置、大きさに戻ったので『よし、大丈夫だ』と思い、探していたところ、母が初産でもOKなところが八千代にあると教えてくれたので、すぐに見学予約して、見学した日に絶対ここで産みたいと思いました。
何事もなく完璧に経過してたはずが35週の病院での検査でまさかの切迫早産(お腹張る感覚はなかった)入院はせずに済んだものの、ここにきて全てがパーになってたまるもんかと自宅で夫の協力、両親の協力の元、今までにしたことがないくらい絶対安静。お風呂も4日に1度にしてました(笑)
まぁそんなこんなで37週を無事に迎えられたと思ったら、すごい動いてるのに生まれてくる気配が一切ゼロ。あれー? とか思いつつ「気長に待つか~」とマタニティフォトなどを撮ったりしながら、自由に過ごしてました。
~出産当日~
朝から前日飲んでいた便秘薬でお腹下してて、昼過ぎから「ん? 何で痛い時間続いてるし、治まったり繰り返すんだ」と思い、母を呼んだところ「診てもらわないと分からないから、陣痛じゃなかったとしても一応は行ってみよう~」と言われ、とりあえず電話して、助産院へ向かいました。
車の中で間隔を計ると3~4分。母に「陣痛かもね~」と言われながら、私は子宮収縮の波が来る度、瞑想状態になりとにかく、ベビーに酸素を送ることに集中。
助産院到着して、その時で子宮口は5~6センチ。間隔は段々と分からなくなり、計れず母にお腹をさすってもらい強くなったり、弱くなったりする子宮収縮の波にできる限りリラックスしながら耐えるのみ。いつの間にか到着した旦那に寄りかかりながら、フワフワした意識で淡々と過ぎて行く時間。
生理の時の血がどんどん出て来る感覚があり、わりとあっという間に9~10センチ。10センチ、いきんだらすぐ出て来るもんだと思ってたのに大間違い。
「まだ上の方にいる」とかなんとか声は聞こえてくるものの、意識を集中させないと痛みを感じそうだったので、ひたすら集中。
だけど、そこらへんからはもう訳わからなくなってきて、赤ちゃんに酸素送ることのみ頭にあった状態。
終始お腹は痛かったものの、その他は全くだったのに産み出すときのうんこ出そうな感じとおまた裂けそうな怖い震える痛みと何度が格闘して、いつの間にか誕生。ちゅるんと出てきた感覚は快感。
産み終えた後は赤ちゃんどころではありませんでした。
意識が普通の状態に戻っているもんだから、胎盤出すのはクソ痛いし、少し切れたおまたも痛いし、後陣痛はずーっとあるし…。
出産はその時より、その後が大変なことを知った日でした(笑)
いかにも体が負傷しているのが体感にありながら、心構え無く始まった育児。
産まれた日はほぼ寝ていた我が子。
そして、喉が渇き、お腹も空いてきたであろうにすぐには出ないおっぱい。同時に焦らされる泣き声にどうしたらいいかわからないから、夜中に叫びだす申し訳なさから一人で悩み、先が不安になり泣いた…。
結局、お手上げで罪悪感とともに先生呼び出して、即解決して、女神降臨だと思った1日目。
泣く度おっぱいあげるように吸わせることを頑張って、泣き止ませられるようになって、余裕ができ、泣いても落ち着いて対処できるようになった2日目。
これから先、悩むこともたくさんでてくるのだとは思うけれど頑張ります。
武田助産院で出産できて、心の底から良かったと思いました。2人目からも毎回、お世話になりたいです。

